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東京高等裁判所 昭和37年(ラ)280号 決定 1963年3月18日

抗告人 東宝地所株式会社 外二名

訴訟代理人 鈴木重一

相手方 小川耕一

訴訟代理人 利重節 外一名

主文

原決定を取消す。

本件競落はこれを許さない。

理由

一、抗告人らは、原決定を取消して、更に相当の裁判を求める旨申し立てたが、その抗告の理由は、別紙に記載のとおりである。

二、当裁判所の判断は、次のとおりである。

(一)  先ず記録によれば、次の事実が認められる

1、原競落許可決定の目的物件たる原決定別紙物件目録(一)及び(二)記載の宅地(以下これをそれぞれ本件(一)の宅地、本件(二)の宅地という)及び同目録(四)記載の建物(以下これを本件(四)の建物という)はいずれも抗告人東宝地所株式会社の所有であり、同目録(三)記載の宅地(以下これを本件(三)の宅地という)は抗告人新堀重剛の所有である。

2、昭和三六年三月二二日原田建設株式会社は本件(四)の建物の強制競売を東京地方裁判所に申し立て、同裁判所は同庁昭和三六年(ヌ)第一八三号事件として同年三月二三日本件右(四)の建物についての強制競売開始決定を為した。

3、次いで、本件(一)乃至(四)の物件を共同担保とし(四)建物については第二順位、(一)ないし(三)の宅地については第三順位の各抵当権(根抵当)を有した大都工業株式会社は右抵当権実行のため本件(一)乃至(四)の物件の競売を東京地方裁判所に申し立て、同裁判所はこれに基き同庁昭和三六年(ケ)第三二四号事件として同年四月一二日本件(一)ないし(三)の宅地につき抵当権実行による競売手続開始決定を為し、また右申立の(四)の建物については前記昭和三六年(ヌ)第一八三号強制競売事件の記録に添付されたが、右抵当権者大都工業株式会社は昭和三七年二月一〇日小川耕一に対し本件(一)乃至(四)の不動産に対する同会社の前記各抵当権及びこれによる被担保債権を譲渡し、同年同月一四日その旨の登記を経由したので小川耕一が同会社から競売申立人たる地位を承継した。而して大都工業株式会社及び小川耕一は連名にて同年二月二八日右事実を執行裁判所たる東京地方裁判所に届出でた。

4、ところで本件(一)ないし(三)の宅地を共同担保として城南信用金庫が第一順位の抵当権を有し、(一)乃至(三)の宅地及び(四)の建物を共同担保として朝日麦酒株式会社が(四)の建物については第一順位の、(一)ないし(三)の宅地については第二順位の各抵当権を有し、前記原田建設株式会社が本件建物につき第三順位の抵当権を有している。

5、しかして原田建設株式会社は昭和三七年九月七日右(四)の建物についての強制競売の申立を取下げたので、これについては前記の如き事情により小川耕一のため他の(一)乃至(三)の宅地と共に抵当権実行による競売手続が進められることとなつた。

(二)  以上のとおりとすると、本件競売に付すべき数個の不動産が所有者を異にし(即ち(一)、(二)の宅地及び(四)の建物は抗告人東宝地所株式会社の所有、(三)の宅地は抗告人新堀重剛の所有)、かつ、各不動産の上には第一乃至第三順位の抵当権の設定があり、而も(一)乃至(三)の宅地上の抵当権者と(四)の建物の抵当権者とは異る者があるのみならず、同一抵当権者であつてもその順位を異にする(即ち(一)乃至(三)の宅地については第一順位城南信用金庫、第二順位朝日麦酒株式会社、第三順位小川耕一、(四)の建物については第一順位朝日麦酒株式会社、第二順位小川耕一、第三順位原田建設株式会社)場合である。即ち本件競売申立人たる小川耕一の抵当権に先き立つて、(一)乃至(三)の宅地については第一順位城南信用金庫、第二順位朝日麦酒株式会社があり、(四)の建物については第一順位朝日麦酒株式会社があるのであるから、これら先順位の抵当権者は(一)乃至(三)の宅地又は(四)の建物の売得金よりその順位に従つて優先弁済を受けるべき結果、宅地と建物とは別個に価額を定めることを要する。のみならず(一)、(二)の宅地と(三)の宅地とは原則として別個にその価額を定める必要があると解すべきである。

以上の如くであるから(一)乃至(三)の宅地と(四)の建物とを一括して競売することは許されず、本件においては少くとも(一)、(二)の宅地(一括)、(三)の宅地、(四)の建物の三つに区別して競売することを法律上の売却条件と解しなければならない。蓋し本件(一)乃至(三)の宅地と(五)の建物とを一括競売するとき、即ち宅地及び建物の各個について最低競売価額を定めて競買の申出を催告する方法によらず、目的物を一括して一個の最低競売価額を定める方法によつて競売するときは、最高価競買の申出も目的物全体を一括した価額であり、前述の如き法律の要請に応ずるための各競売目的物の価額を確定することができなくなるからである。尤も本件においても各個の目的物について民訴法第六五五条による評価を経ているのであるが、この価額を総計したものを(一)ないし(四)の物件を一括した最低競売価額と定めて公告しているのみで、一括競売と併行して個別競売を行つたのでないことは勿論競売期日の公告に個別的に最低競売価額を掲げることもしていないのであるからドイツ強制競売法六三条一二二条の如く一括競売による売得金を各個不動産の価額に按分することはできないのである。しかるに本件においては既に判示した如き意味において(一)乃至(四)の宅地、建物を一括して競買価額金一億五千七百六十二万八千円(最低競売価額)で競落することを許可したものである。而もかかる一括競売を為すことについて総ての利害関係人の合意もないのであるから、これは民訴法第六七二条第三号所定の場合に該当し、従つてその余の判断をまつまでもなく原決定は取消を免れず、本件競落は許すべきでなく、原審は更に競売期日を定めて手続を続行すべきである。よつて民訴法第六八二条、第六七四条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長判事 鈴木忠一 判事 谷口茂栄 判事 宮崎富哉)

抗告の理由

(過剰競売として違法)

一、本件競売物件は、別紙表(一)の如く建物一件、土地三件合計四件であるが、斯る数個の物件に対し競売の申立があつた場合に、或る不動産の予想売得金(大体に於て競売最低価額を標準)をもつて、申立債権者及びその先順位者の債権額並びに競売費用を償うに足り、全部の不動産を競売する必要のないことを競売裁判所が確認したときは、競落すべき物件を制限すべく一括競売を許されないことは、判例をもつて任意競売に準用することを認められている民訴六七五条の法意に照し、頗る明白であること。

同趣旨 大決   大正一三、八、二、民集三巻四〇五頁

〃    昭和七、二、五、民集一一巻三八七頁

〃    昭和八、七、七、民集一二巻二〇二九頁

福岡高決 昭和三一、一二、一〇、下級民集九巻六九二頁

(一) 然るに本件に於て、原裁判所は昭和三六年七月一四日の期日の第一回競売に於ては、別表(二)の通り、競売物件は建物一件(この競売最低価額 金五億七千六百二十九万円)のみを競売に付し同年九月一日の第二回以降毎回の期日の競売に於ては、建物(一件)のほか土地(三件)をも併せ、その合算した競売最低価額を前回の価額より毎回一割五分づつ低減して、総物件の一括競売手続を進行してきた。(別紙表(二)参照)

(二) 然しながら、仮りに本件に於て、第一回の期日と同じく、第二回目以降少くとも第五回目の期日の競売まで、右建物(一件)のみを競売に付するとするも、その建物(一件)の予想売得金(競売最低価額を標準とした場合、前回の建物の最低価額の二割減)をもつて、申立債権者及びその先順位者の債権額並びに競売費用を償うに充分であることは頗る明白である。即ち、この場合建物のみの予想売得金(大体に於て競売最低価額)を標準を示せば、左の通り。

第二回(昭和三六年九月一日)

金四億六千百三万二千円(前回建物価額の二割減)

第三回( 〃 九月三十日)

金三億六千八百八十二万四千円( 〃 )

第四回( 〃 一〇月二七日)

金二億九千五百五万一千円( 〃 )

第五回( 〃 一一月二四日)

金二億三千六百四万円( 〃 )

然るに原裁判所が、少くとも右五回までの期日の競売に於て競売物件を適当に制限すべき措置を講ずることなく、総物件(建物一件、土地三件)を一括競売に付した事は、明らかに過剰競売手続として違法と認めざるを得ないこと。

(競売最低価額の合算掲載公告方法として違法)

二、およそ、数個の物件を一括競売に付すべき任意競売の場合に於て、その競売最低価額を掲載するに当り、各物件別に掲載することなく、之を合算して掲載することを認容される場合ありとすれば、その一部物件の予想売得金(大体に於て競売最低価額)をもつて、申立債権者及びその先順位者の債権額並びに競売費用を償うに足りないと確認した場合のみに限局さるべきであり、然らざる本件第二回以降少くとも、第五回までの期日における競売の如き、その予想売得金の剰余金が十分ありと事前に確認でき、競売物件により順位を異にする抵当債権者が存在し且つ、その物件の所有者が複数である場合には、到底認容されない違法の公告方法と認めざるを得ないこと(別紙表(一)参照)

同趣旨 東京高決 昭和一五、四、五、評論諸法三六六頁

〃   昭和二八、二、一二、高裁集六巻一二号八一六頁 参照

蓋し、後者の場合にも合算した競売最低価額の掲載公告を認容するに於ては、左の各号の如き不都合を招来するからであること。

(一)、合算した競売最低価額を掲載公告し競売した場合、物件別の売得金が幾許であるかを正確に判定することが困難であるため、先順位者が建物(一件)と土地(三件)とにより異なる本件の如き場合には、その先順位者に対する配当額を決定することは不可能となること(別紙表(一)参照)

(二)、且つまた、別紙表(一)の如く競売物件の所有者が二名存する本件の如き場合に於て、もし売得金につき、所有者に返還すべき剰余金を生じたとき、合算した競売最低額を掲載公告していた場合には、その所有者の何人に幾許を返還すべきかが不明となること

(競売手続は一連の違法)

三、よつて案ずるに、本件は第二回目以降第五回目までの期日の競売手続に於て、既に第一項及び第二項に記述したような手続上の違法が連続して介在するに拘わらず、競売裁判所は右を更正することなく、右の違法なる競売手続を進行し、遂に昭和三七年五月一一日の期日における最終回の競売に致つたものであるから、右第二回の期日以降毎回の期日における競売手続は、すべて一連の違法と認むること。

同趣旨 福岡高決 昭和二七、九、二九 下級民集三巻一三〇二頁

東京高決 昭和三三、九、一六 時報一一巻七号四三六頁 参照

然るに原裁判所は昭和三七年五月一一日の競売期日に競買申立人が出るや(抵当権者小川耕一氏)同年同月二三日の競落期日に於て遂に同人に「競落許可の決定」をしたのは違法であるから、前記「抗告の趣旨」の如き抗告をする次第である。

「別紙」表

(一)、「不動産別抵当権者及びその順位」一覧表

昭和三六、四、一〇現在

(A)建物(一件) 所有者・債務者 東宝地所株式会社

(a)第一順位抵当権者 朝日麦酒株式会社

元金 三千万円外に利子若干

(b)第二順位抵当権者 本件申立債権者

元金 一億六千八百四十八万九千二百五十円外に利子若干

(c)第三順位抵当権者 原田建設株式会社

元金 完済 別に利子若干

(B)在地(三件)うち

二件 所有者・債務者 東宝地所株式会社

一件 〃 新堀重剛

(a)第一順位抵当権者 城南信用金庫

元金 一千二百二十八万外に利子若干

(b)第二順位抵当権者 朝日麦酒株式会社

前記債権((A)の( )参照)につき建物と共同担保

(c)第三順位抵当権者 本件申立債権者

前記債権((A)の( )参照)につき建物と共同担保

(以上疎第一号証及第二号証の(一)(二)(三)参照)

(二) 「競売期日別最低競売価額」一覧表<省略>

抗告の理由(追申)

(実測による構造、坪数と著しく相違する建物の表示公告)

一、およそ、競売期日の公告に不動産の表示を要求する趣旨は、単に不動産の同一性の認識に役立たせるためでなく、その主眼とするところは、競買希望者一般に対して同不動産の実質的価値を了知させ、それによつて競売申立に齟齬のないようにするためであることは疑いのないことである。

同趣旨 福岡高決 昭和二九、五、一二、高等民集七巻四〇七頁

同    昭和三一、七、二、〃 九巻四〇四頁

同    昭和三一、九、一五、〃 〃 五四七頁 参照

東京高決 昭和三〇、六、二三、東京民報六巻七号一六三頁

同    昭和三二、二、二〇、下級民集八巻三三四頁

(一) 然るに本件競売の目的物件(建物一件、土地三件)のうち、建物につき、その構造及び坪数が登記簿上と実測上とに於て、左の如く著しく相違していること。

(登記簿上)        (実測上)

(1)  構造         (1)  構造

鉄筋コンクリート造五階建  鉄骨、鉄筋コンクリート造七階建

(2)  延坪数        (2)  延坪数

三、三四〇坪五合      三、二二四坪五合

(登記簿上より一一六坪減)

而して右建物は、本件競売申立前から改築等一切の変更はされていないから、右建物の構造及び坪数における登記簿上と実測上との著しき相違は、本件競売申立前から存在していたものであること。(疏第四号証参照)

(二) 而して、右の如く当該建物の構造、坪数が登記簿上と実測上とに於て著しく相違する場合は、その同一性の認識及び実施当時の実状を知らしめるため、公告には建物の登記簿上構造、坪数のみの記載では足りず、これに併せて、実測上の構造、坪数をも表示することは、不動産表示公告としての要件と認めること。

同趣旨 東京高決 昭和三〇、六、二三、東高民報六巻七号一六三頁

同    昭和三二、二、二〇、下級民集八巻 三三四頁

(三) 然るに、本件競売事件に於て、第一回の期日以降、毎回の期日の競売における右建物の表示公告につき、いわゆる公信力なき登記簿上の構造、坪数のみを掲載し、これに併せて記載することを要する実測上の構造、坪数の掲載を欠いたことは(疏第三号証参照)、公告に全く建物の表示をしなかつたと同一であると認むべきこと。(同趣旨 昭和五、一、一三、新聞三、一二三号参照)

(四) 競売裁判所としては、鑑定人の鑑定書による右建物の構造、坪数が、登記簿のそれと殆ど同一である点に鑑み、競売期日の公告には、登記簿上による構造、坪数の表示を以て足りるものと認定し、右の如き表示公告の措置を講じたものと認められるが

(1)  右鑑定書による建物の表示は、調査不足による不相当のものと認めること。

何となれば、右は明らかに誤謬の存在する登記簿上の構造、坪数とは著しく近接している反面、抗告人が専門建築士をして実測せしめた構造、坪数とは著しく相違しているからであること。(疏第四号証、第五号証参照)

(2)  よつて、再鑑定すべく御庁の職権の発動を期待するものであること。

(五) 而して、前記(二)の記述の如き、公告における建物表示自体の著しき不備は、第一回の競売期日以降、最終回の期日まで、同一の表示公告方法に具現されており、斯の如き民訴六七二条一項四号に該当すると認むべき不備の表示公告による一連の競売手続は、その手続のすべてが違法と認むべきであり、従つて斯の如き違法な競売手続によりなされた競落許可決定もまた当然違法であると認めざるを得ないこと。

同趣旨 福岡高決 昭和三三、七、一八、時報一一巻六号三九四頁

東京高決 昭和三三、九、一六、時報一一巻七号四二六頁 参照

(抵当権に転化前の根抵当権の実行として違法)

二、およそ、根抵当権を実行し得る時期は、理論上、当該根抵当による被担保債権が確定し且つ、その確定した被担保債権の弁済期が到来した時であることは疑いないこと。

而して、与信契約に於て増減変更極りなき限度額内の被担保債権が確定したとき、根抵当権は抵当権に転化するものであることも疑いのないこと。

従つて、根抵当の実行というも、実は根抵当権が抵当権に転化した後における抵当権の実行に帰するものと認めること。

(一) 然るに、本件競売申立債権者は、昭和三七年二月一〇日附で、抗告人等に対する債権を根抵当権附で、競売申立債権会社の代表取締役小川耕一氏個人に移転し、その旨を同年同月一二日附で、所管登記所に登記手続を了していること(提出済の疏第一号証、建物登記簿謄本乙区裏面最下欄参照)

(二) 然し乍ら、根抵当を債権と共に移転することは可能であつてもその移転により与信者側の地位の変動を生ずることとなるから、右の場合、根抵当権者と譲受人との外に債務者を加えた三面契約を以てすることを要すること。

(同趣旨 昭和一〇、一二、二四、民集一四巻二、一一六頁 参照)

然るに、右根抵当の移転には、債務者たる抗告人等は参加した事実はないこと。

(1)  よつて、右債権と共にする根抵当の移転は、債権の移転のみを有効とするも、なお且つ、根抵当の移転としては、当然無効というべく、従つて根抵当権者の地位は、当初より変動を生じていないものと言うべきこと。

(2)  更に登記簿上は、根抵当が抵当権に転化されてはおらず、現在なお、根抵当として存続していることが立証されていることを示していると言うべきであること。

(三) 然るに競売裁判所が、右登記簿上の事実を無視して

(1)  右債権譲受人を競売申立の受継者として、その者のために

(2)  登記簿上、抵当権に転化前であること明白な根抵当権につき、本件競売手続を進行せしめて来たことは違法であると共に、斯る違法の競売手続に於て「競落許可決定」をなしたことも、また違法たるものと認めざをを得ないこと。

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